1800年代:ブラックジャック、アメリカ到来

ブラックジャックがようやくアメリカにたどり着くのは、1800年代になってからである。ほとんどのカードゲームが遅かれ早かれアメリカにも広まっていったが、ブラックジャックはとりわけ熱狂的な歓迎を受けた。アメリカ人はみな寄ってたかってこのゲームに飛びついたのだ。ギャンブラーたちは特にこのゲームを好んだ。これはブラックジャックがある程度までは「習得する」ことが出来るという事実と関係がある。熟達したギャンブラーであれば戦略を用いてプレーすることができるのだ。この操作可能な要素が、1800年代のアメリカのギャンブラーたちに受けたのである。ブラックジャックは大変な人気となり、国中に広まった。

ところが、ここに真の歴史が隠れている。このゲームはアメリカの海岸にたどり着いてからブラックジャックとなった。これは単純に、この世紀のアメリカ人の遊び方からきている。基本的に、ゲームの初めに2枚の特定のカードが配られた場合、そのプレーヤーは非常に有利な立場に置かれるのだ。

プレーヤーにスペードのジャックとスペードのエースが配られたならば、配当は10対1となるのだ。これはとても有利なシチュエーションであり、これらのカードがたまたま黒色であったため、このゲームにブラックジャックという名がついたとされる。ギャンブラーたちはみな、ゲームの初めに常に黒色のカードを探していたため、ブラックジャックとなった。

ラッキーナンバー

これがゲームの名前の由来であるかは、歴史に正確な記載がないため確かではない。だが、ここで重要なのは、このゲームにまつわる伝説が魅力的であるということだ。また、興味深いことに、当の2枚のカードが配られたプレーヤーにあれほど有利な公算を与えるやり方が、今日のブラックジャックでは行われていないということだ。したがってこれは、ゲームの名の由来となったかは定かでない歴史のひとコマなのである。その上、このやり方はもはや一般的ではないのだ。

アメリカは、プロのギャンブルや消費者のためのギャンブルのパイオニアであり、1930年代にはネバダ州で賭博が合法化された。何百ものカジノが発展し、これらのカジノで最も一般的で最も人気を博しているのが、実はブラックジャックなのである。これも、このゲームが非常に簡単に習得し、プレーできることによるのである。プロのギャンブラーである必要はないが、レベルアップしてギャンブルに強くなりたいのであれば、ブラックジャックはうってつけのゲームだ。そのように、時間が経つにつれはっきりしてくるのだが、ブラックジャックというのは、やりかたを知っている人、また、初めての人、どちらががプレーしても、勝敗の確率はおよそ同じで、そのことによりブラックジャックはギャンブルの中心となり、大半のネットカジノとギャンブル場を支配している。